月給20万円の「映画製作スタッフ」に応募→奴隷落ち…海外メディアが報じた「ミャンマー詐欺拠点」の実態
■日本人も巻き込まれた国際的な詐欺集団
今年3月、タイ当局はミャンマー東部の詐欺組織拠点から救出した日本人男性(36)を、タイ国内へ移送した。この男性は2月、タイとの国境付近のミャンマー東部で詐欺グループに加わっていたところを、現地武装組織によって発見されていた。
NHKの報道によると、男性はタイから中国人ブローカーの手引きでミャンマーのミャワディ地区に入り込み、犯罪拠点内で中国人幹部の指示に従って詐欺行為に手を染めていた可能性が高いという。本人は「拠点内ではオフィスワークをしていただけだ」と主張している。
別の事例として日本人男性(29)も、ミャンマーの詐欺組織への関与が疑われている。タイで身柄を拘束されていたが、3月25日に日本へ強制送還された。帰国直後、大阪で起きた別の監禁事件などの容疑で逮捕されている。NHK(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250325/k10014759371000.html)は、この人物がオンラインゲームを通じて知り合ったとみられる宮城県の高校生をタイへ誘い出し、ミャンマー東部の詐欺グループ拠点で詐欺行為に加担させた疑いがあると伝えている。
ミャンマーから保護された高校生は「自分がいた犯罪拠点には他にも10人ほどの日本人がおり、オンラインゲームで知り合った人物が拠点を仕切っていた」などと話しているという。この証言から、日本人がミャンマーの詐欺集団事件の被害者として、そして時に運営側に近い加害者として関わっている実態が見えてくる。
■月給20万円の「映画制作スタッフ」になるはずが…
こうした詐欺組織にねらわれるのは、日本人だけではない。中国人の非正規労働者、シュー・ボーチュン氏も被害に遭った一人だ。
シュー氏は香港日刊英字紙のサウスチャイナ・モーニングポスト紙に対し、2023年に偽の求人広告でミャンマーへ誘い出された経験を語った。
WeChat(中国で主流のメッセージアプリ)で「パンフー」を名乗る人物から「月給1万元(約20万円)の映画制作スタッフ」という仕事を持ちかけられた。2020年から2022年まで高い給料の仕事に就けなかったシュー氏は、「就職市場で見向きもされない」と自信を失っていた時期だった。映画産業への就職という甘い誘いに乗り、求人に応募した。
ところが現地に着くと、映画撮影の現場など一切なかったという。「本物の撮影現場なら照明機材や制作スタッフ、カメラマンがいるはず。でも何も見当たりませんでした」とシュー氏は振り返る。
代わりに彼を待っていたのは、雲南省なまりの中国語を話す10人以上の男たちだった。彼らは突然「山を越えて密輸品を運ぶ仕事だ」と話を変えてきたという。
男たちに連れられ山越えを終えた頃には、夜が明けていた。そこで様々な場所から集められた人々と合流し、一行は30~40人ほどになったという。道中、通りすがりの下校中の地元小学生たちが「また中国人が売られてきたね」と話しているのを聞いたという。
「この国では人身売買が公然の秘密になっているのです」とシュー氏は語る。
■「腎臓は金になる」…恐怖に支配された詐欺施設の内部
シュー氏が行き着いたのは、中国との国境近くにあるコーカン自治区の首都ラウカイの詐欺センターだった。そこで彼の目に飛び込んできたのは、凄惨な光景だ。
「施設内には傭兵がいて、大勢の中国人が棒で尻から下の部分を殴られていました」。「彼らは『腎臓は金になる』と言いながら、尻から下だけを狙って暴力を振るうのです」。反抗する労働者たちに臓器摘出を匂わせ、恐怖を植え付けるための手段だった。
詐欺センター内では毎日のように誰かが暴力を受けており、さらに悲惨な事件も起きた。ある労働者が反抗して銃を奪い取り、乱射事件に発展したのだ。「最終的には11人が撃たれ、うち4人がその場で命を落としました」とシュー氏は語る。
欧州でも被害者が発生し、過酷な状況を証言している。ドイツ国際放送(DW)の報道によると、ミャンマーとタイの国境地帯にある詐欺施設「KKパーク」から逃げ出したルーカス氏は、「昼までに顧客がいなければ(詐欺のターゲットを見つけられなければ)昼食なし。顧客に返信していないとバレれば、殴られるか何時間も立たされる」と話している。
詐欺拠点での暗い日々をルーカス氏は、「私たちは1日17時間も働かされ、文句も言えず、休みも取れず、一息つく暇もありませんでした。逃げ出したいと口にすれば、売り飛ばすか殺すぞと脅されました」と振り返る。
体罰もめずらしくない。バングラデシュ出身のアリアン氏は昨年10月、悪名高い詐欺拠点から逃げ出すことに成功した。彼は「彼らのルールは極めて厳しく、週に5000ドル(約75万円)のノルマがあります。達成できなければ電気ショックや竹の棒で制裁を受けます」とDWに証言している。
■時間を掛けて信頼関係を築く、詐欺師たちの常套手段
詐欺工場に連れ込まれた人々は、どのような違法行為を命じられているのか。DWの取材によると、被害者たちはネット上で他者に接触し、信頼関係を築いた後、架空の暗号通貨サイトへの投資を勧めるよう強要されていたという。
この手口は「ピッグ・ブッチャリング(豚の屠殺)」と呼ばれている。詐欺グループが標的を「豚」に例え、時間をかけて親密になった後、最終的に全財産を奪い取る(「屠殺」する)ことを意味する。国連薬物犯罪事務所の試算では、東南アジアでのこの種の詐欺は麻薬取引を上回る収益を上げているという。KKパークだけで、毎月数千万ユーロ(1千万ユーロは約16億円)を稼ぎ出すと言われている。
米ニューヨーク・タイムズ紙の報道によると、詐欺拠点で働かされる人々は暗号通貨詐欺(偽の投資話の持ちかけ)のほか、様々な手法を仕掛けるよう迫られている。恋愛詐欺や、TikTokで実在しない商品を見せて販売するショッピング詐欺などだ。
ほか、メッセージアプリのWhatsAppを通じて架空の物件への投資を誘う不動産詐欺に、AI生成の偽画像を使ったInstagramでの交流、なりすましや虚偽情報をFacebookで拡散する行為なども行われている。スマホ用の各種メッセージアプリを通じ、あらゆる手段で次の被害者を物色している。
■国際的な取り締まりが始まった
タイ政府は詐欺拠点の摘発に躍起だ。ロイター通信の取材に応じたタイ警察のタチャイ・ピタニーラブート警察大将は、「これまでも摘発を続けてきたが、ミャワディ地域の巨大詐欺拠点のほんの一角に過ぎません」と説明した。「タイ警察の情報網と中国当局からの情報を総合すると、依然として5万から10万人が残っていると見られます」
2月には、中国人俳優が詐欺拠点に誘拐される事件が発生。丸刈りにされ日常的に顔に平手打ちを受けていたなどの実態を米CNNが報じるなど、国際社会の注目を集めた。これを受けて国境を接するタイ当局は、ミャンマー側の詐欺拠点に通じる電力、ネット回線、燃料の供給を遮断するなど厳しい措置を講じた。こうした措置の結果、ミャワディ周辺の複数の詐欺施設から計5200人超が救出され、うち3500人以上がタイを経由して帰国している。
もともとこの地域は政府や警察の監視が薄く、詐欺グループにとって絶好の場所となっていた。ニューヨーク・タイムズ紙によると、2021年のミャンマー軍事クーデターとその後の内戦で、タイとの国境地域は「世界で最も無法状態で金儲けがしやすい場所の一つ」になったという。同紙は、中国の犯罪組織がこの地域に進出し、敵対勢力とも取引を交わしたと伝えている。
こうして確保された熱帯雨林の真っ只中の地域に、オンライン詐欺専用のビル群が次々と建設された。建設作業は夜通し行われ、倉庫など付帯施設も整備されていった。
■取り残された被害者たちの救出が求められる
国内でもオンライン詐欺犯はしばしば報じられているが、報道に登場する加害者グループは1回の詐欺行為につき多くても4~5人ほどであり、小規模なグループが小さな部屋で活動している印象を抱きがちだ。
しかし、大規模に展開されたミャンマー詐欺拠点は、警察の監視が届かない地域に数十のビルや倉庫群が整然と建設され、もはや一つの市街とも呼ぶべき規模に達している。巨額の金を騙し取ったグループが資金を詐欺行為の拡大に投じ、急速に組織を巨大化させていった様子がうかがえる。
日本人も拉致のターゲットになっており、決して遠い国の話ではない。世界各国のスマホユーザーをターゲットとする手口から、各言語の話者が騙されて拠点に連れ込まれ、詐欺行為に加担させられている実態がある。
いまだ最大10万人が取り残されているとされる詐欺拠点で、今日も多くの人々が厳しい監視下に置かれ、体罰を受けるかオンライン詐欺行為に加担するかを迫られている。関係各国が協調して摘発に臨み、被害者たちが無事に帰国できるよう支援が望まれる。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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