「血塗られた山間都市」に響き渡る北朝鮮国民の怨嗟の声
市内の胞胎洞(ポテドン)に住んでいた人々は、隣接する普天(ポチョン)に移住させられたが、未だに苦しい思いをしているという。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
金日成主席が抗日パルチザン活動の拠点としていた(とされる)三池淵は革命の聖地だ。金正恩氏などVIPが訪れる地域であることから、以前から成分(身分)が良く「赤い貴族」とも揶揄されるパルチザンの子孫が多く住んでいる。
一方で当局は、新しくなった三池淵にふさわしくないとして、「敵対階層」に分類される人々のほとんどを強制移住させた。その中には、家族の誰かが脱北して中国や韓国に住んでいる脱北者家族も含まれている。
三池淵に住んでいた60代のAさんの子どもの一人は、脱北して現在韓国に住んでいる。そのため、Aさん一家は2021年末、普天に強制移住させられた。その時のことを生前語っていた。
「まるで根こそぎ抜かされて、荒野に投げ捨てられたようだ」
強い喪失感のせいで健康を害した彼は先月、息を引き取った。
情報筋は、「若者でも移住先に定着するのは簡単ではないのに、ましてや老人はいかほどだっただろうか」とし、「少しでもいいところに移住できたのならともかく、ボロ家をあてがわれ、心身ともに衰弱していった」と嘆いた。
北朝鮮には事実上、居住の自由はなく、当局の都合で住み慣れた故郷を追い出される。別の例を挙げると、故金正日総書記は1980年代初頭に「障害者が革命の首都平壌にいると、外国人に不快な印象を与えるから、追放せよ」との指示を下した。それにより、多くの人々が強制移住させられた。
つらい思いをしたのは、強制移住させられた人たちだけではない。
突撃隊(半強制の建設ボランティア)として、三池淵の住宅工事に動員された人たちは、劣悪な労働環境に苦しめられ病気となり、亡くなった人も少なくない。また、多発する労災事故の犠牲となった人の数も膨大だ。
工事が盛んに行われていた2017年4月19日、三池淵の中興(チュンフン)労働者区で、丸太を積んでいたトラックがアイスバーンで横転し、丸太の下敷きになった突撃隊員(建設労働者)7人と突撃隊幹部、ドライバーの計9人が死亡した。
同年3月2日にも、胞胎(ポテ)労働者区で同様の事故が発生し、突撃隊員20数人が死亡。また同月19日には、掘削作業中だった突撃隊員7人が土砂崩れで死亡しているほか、1~2人の死亡事故は日常茶飯事だった。
北朝鮮は、労働力を搾取して無理な工事を推し進め、国際社会に見栄を張るためのビッグプロジェクトを次々にぶち上げている。元山葛麻(ウォンサン・カルマ)海岸観光地区、平壌のタワーマンション群、地方工業工場など枚挙にいとまがないが、そのいずれも血塗られたものだ。
