先輩女性が枕営業を勧める一面も…“生保レディ”が見た闇を赤裸々告白。「月収9000円」だった同僚も
◆企業説明会では優しかったのに…
――率直に言って、ブラックとかホワイトという枠組みを超えた異常な世界で驚きました。公開されていないものの、忍足さんが所属されていた会社を知っている身としては、余計に驚愕しています。
忍足みかん:そうですよね、一般に知られている企業ですし、優良企業のイメージもあるのではないかと思います。拙著では、23歳から26歳まで生保レディとして働いた私の「リアル」が詰め込まれています。女子大生時代の私は本当にほわほわしていて、世間知らずでしたから、新卒として社会へ出る人たちにはぜひ知っておいてほしい世界でもあります。
――人間って怖いなと思うのが、企業説明会ではとても優しかったベテラン社員が、入社してからは鬼畜になりますよね。
忍足みかん:カルト宗教もそうらしいのですが、勧誘の段階ではとにかく持ち上げるんですよね。「そのカバン可愛いね」「キーホルダーのセンスいい」とか、本当に些細なことでも褒めてくれます。優しくて良い人だなと思わせて、心を許してもらってからは、手のひら返しです。考えてみれば、保険の営業と似たようなところがあるかもしれません。
◆“大会”というイベントで「変な会社」と気づく
――カルト宗教という言葉が今でましたが、社内の空気もそんな感じでしたか。
忍足みかん:ありますよ。“大会”と呼ばれるものがあります。これは、営業成績の優秀者を壇上で表彰する儀式です。壇上では成績優秀者のスピーチがあるのですが、みんな泣きながら話すんです。営業の数字を第一にした人生なので、報われたときの感動がかなり大きいのだと思います。この大会は4ヶ月に1回程度行われるので、新人がいきなり参加することはありません。4月に入社して研修などが明け、6月くらいから現場に出て7月くらいから自分で契約を取るという流れが通常なのですが、だいたい7月ごろに新人にとっての初大会が行われるスケジュール感です。通常は、ここで「あれ、なんか変な会社かも」と気づくわけです。
反対に、毎月行われているけれども巧妙に新人には隠されているものに、夕礼という儀式があります。これは成績の奮わない社員を詰めたり罵倒したりするため、新人にはそれを見られないように新人の教育担当などがその時間にうまく連れ出してしまうんですね。
◆「月収9000円」だった同僚も…
――成績の悪い営業マンはどんな扱いを受けるのでしょうか。
忍足みかん:夕礼では、「どうしてこんな数字なの?」のように聞かれ、「子どもが具合が悪くて看病がありまして」みたいな理由を話すとしますよね。すると「でも家から営業電話くらいはできるよね?」みたいに畳み掛けてきます。とにかく自分の努力不足を徹底的に突きつけられます。
営業成績ごとに待遇も異なっていて、最も悪い待遇になれば、会社に来るための交通費も出ません。私が知っている話では、月収9000円の人がいました。これは、成績の悪い人は業務委託契約のような雇用形態になるからなんです。最初の3年間は基本給があるのですが、それを過ぎると完全歩合制なので、こうしたことが起こり得ます。
――失礼ですけど、忍足さんは悪い商品でも無理に他人に売りつけるタイプに見えないことから、営業成績は悪かったでしょうね。
忍足みかん:ご推察の通りです(笑)。騙しているような気がして、本当に向いていなかったですね。ただ、そんな私でも、友人に頼み込んで保険商品を契約させることに成功しました。しかし当時、友人に持ち合わせがなかったことから、私が肩代わりをしたんです。これは、ご法度です。そうしたことを何度か繰り返していくうち、会社の知るところとなり、辞めることになりました。あのときバレて辞めるきかっけが作れなかったら、今も私はあの会社で働いていたのかもしれません。月収9000円コースだというのは自覚しています。
◆女性が枕営業を勧めるのはセーフ?
――ご著書でも、忍足さんが電車に飛び込もうとするシーンが冒頭にありますよね。それほどまでにきついノルマですが、どうやってみんなクリアしているのでしょうね。
忍足みかん:枕営業の噂がある先輩社員などはいましたね。実際私も、ベテラン女性社員が「マクラやってこい!」と冗談めかして発言していた場面を見たことがあります。男性社員が言うと問題になるのでしょうけど、女性が言えばセーフという考えなのでしょうか。わりとそうしたことがまかり通っていたと思います。枕営業をしていたかはわかりませんが、お客さんから好かれてしまって本社にいろんなプレゼントが届くようになってしまった社員も知っています。
ただ、ノルマがきつくて枕営業で契約を取った場合、落とし穴があるんです。契約から14ヶ月以内にそのお客さんが保険をやめてしまうと、支払われたインセンティブが次の給与で天引きされるルールがあって。だから、契約して終わりじゃなくてズルズルお客さんとの関係を続けないといけないんですよね。
◆「人身売買のような制度」のせいで疑心暗鬼に
――結構闇深くて驚きました。他にも入社して驚いたことはありますか。
忍足みかん:社員の紹介制度があるんですが、紹介した社員を親、された側を子と呼んで、子が在籍する限り親にいくらかのインセンティブが入ります。毎月のことなので、それだけで生活しているような人もいて。でもこういう関係性って人間関係を破綻させることにもなりかねない制度です。
たとえば、紹介した人が入社した場合、豪勢なホテルの食事会に“親”は呼ばれるのだそうです。もちろん、“子”は呼ばれません。私自身、就職説明会で親身になってくれた先輩社員が自分の“親”だと知ったときは、「あの優しさも、全部お金のためだったのか?」と疑心暗鬼になりました。正直、私は会社のこの制度がもっとも嫌いですし、問題があると思っています。まるで人身売買のような制度だと感じてしまいます。
◆生保業界でいう“女性”は「結婚して子供がいる人」を指す
――生保レディとして感じた、最も大きな違和感どんなところでしょうか。
忍足みかん:世の中は女性活躍推進が声高に叫ばれていますが、少なくとも私が入社した会社では、女性が心身をすり減らしながら働くシステムがあって、それを動かしているのは男性であるという構図がありました。くわえて、生き残ったベテラン女性社員が「マクラをやりなさい」みたいな時代錯誤も甚だしいことを平気な顔で言う。そういう図式がとてもグロテスクだなと感じましたね。
生保レディはバレンタインのとき、自腹でチョコを買ってお客さんに渡したり、色仕掛け的なことを求められます。くわえて、女性単身で男性宅に訪問したりすることもしばしばある、危険な一面もある業務です。
また、「女性活躍!」をうたっていて、確かに子連れでオフィスに来る人もいるものの、生保業界でいう“女性”とは、結婚して子供がいる人だけを指しているんです。独身者や子どもがいない人、ましてや私のようにLGBT当事者においては、特別働きやすさがありません。本来は、すべての人を尊重した働き方が推奨されるべきではないでしょうか。
◆自分を防衛するうえで大切なのは…
――これから社会に出ていく人も多い時期なので、何かアドバイスがあれば。
忍足みかん:会社はひとつの隔離された空間なので、社会では問題になるようなことが横行している場合があります。そのとき、「それはおかしいんじゃないか」と思ったら、心身が摩耗する前に離れる選択肢を持つのは、自分を防衛するうえで大切だと思っています。
その世界にいると感覚が鈍麻してしまうこともあるのですが、勇気を持って踏み出すことは自分を救うので、ぜひ自分の状況を客観視してみてください。私も現在はフリーランスのエッセイスト、漫画原作者として活動し、他に仕事を持ちながら生活をしています。
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慣れほど怖いものはない。「異常だ」と笑えるのは対岸の火事にいる人間のみで、その状況に飲み込まれれば誰もが冷静さと判断力を失う。期待と喜びに満ちた社会人生活を阻む黒い影はそこら中にある。われに立ち返る正気を保つためにも、忍足さんの体験を知ることがお守り代わりになるかもしれない。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
